普段、自分の勉強も兼ねて、いろいろなピアニストの演奏を聴いています。

同じ曲でも、演奏する人によって本当に違うものです。

テンポや音色、フレーズの取り方はもちろんですが、そもそもその曲をどう捉えているのかによって、演奏の印象は大きく変わります。

演奏を聴いていると、自分が好きな演奏と、一般的に模範的とされる演奏は、必ずしも同じではないと感じます。

僕自身、どういう演奏が好きなのかについては、昔から一貫した感覚があります。

ただ、自分の好みに合わないからといって、その演奏が良くないとは全く思いません。

技術的に優れていることや、楽譜を丁寧に読み取っていることは、もちろん大切です。

でも、それだけでは測れない部分もあるように思います。

僕が演奏を聴くときに気にしていることの一つは、その人の歌い方が、音楽として自然に聞こえるかどうかということです。

例えば、自分だったら絶対に選ばないようなテンポやフレージングで演奏している人がいたとします。

極端な話、楽譜に書かれていることとは正反対の解釈をしていたとしても、その人の演奏として自然に成立していれば、不思議と違和感なく聴けることがあります。

逆に、楽譜の指示をきちんと守っていても、歌い方がどこか不自然だったり、表現が取ってつけたように聞こえたりすることもあります。

だからといって、感覚だけで弾いて、楽譜を無視してよいという話ではありません。

楽譜をしっかり読んで、作曲家が何を書いているのかを考えることは、演奏するうえで当たり前のこと。大前提だと思っています。

ただ、楽譜に忠実であることと、音楽として自然に聞こえることは、必ずしも同じではないと思うのです。

自分の好みとは違っていても、「この人がこう弾くなら、それはそれで納得できるな」と思える演奏があります。

そういう演奏には、その人なりの説得力があるのだと思います。

これは、生徒の演奏を聴くときにも少し関係している気がします。

レッスンでは、当然ながら音の間違いやリズム、身体の使い方など、直すべきところを探します。

ただ、それと同時に、その子がどういう音楽を作ろうとしているのかも聴くようにしています。

自分が考えていたものとは違う弾き方をしていても、それが自然で、本人なりに考えた表現であれば、必ずしも僕の考えに合わせる必要はないと思っています。

どうしてそう弾いたのかを聞いてみたり、僕の考え方も伝えて、両方試してみたり。

そういうやり取りは、レッスンをしていて面白い部分の一つです。

そして、そうしたやり取りをもっと深めていきたいからこそ、生徒さんにはまず楽譜をきちんと読むことを求めています。

楽譜を理解したうえで自分なりの表現を選ぶことと、よく読まずに好き勝手に弾くことは、やはり全然違いますから。

また、自分自身も昔と今とでは、音楽の感じ方が少しずつ変わってきたように思います。

好きな演奏の方向性そのものはほとんど変わっていなくても、以前はあまり良いと思わなかった演奏を、久しぶりに聴いてみると、意外と面白く感じたり。

逆に、昔は気づかなかった部分が、今では気になることもあります。

いろいろな演奏を聴いたり、自分自身が演奏や指導を重ねたりする中で、聴こえてくるものも変わっていくのでしょう。

そう考えると、自分の好みや考えを持つことは大切ですが、それだけで演奏の良し悪しを決めてしまうのも、少しもったいない気がします。

演奏を聴くことは、単に上手いか下手かを判断することではなく、自分とは違う音楽の考え方に触れることでもあるのだと思います。

これからも、いろいろな演奏を聴きながら、「聴くこと」についても、さらに考えていきたいと思います。